定置網とは魚の7割を海に返す漁法|400年続く仕組み・獲れる魚・環境にやさしい理由を解説

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スーパーの鮮魚コーナーで「定置網」と書かれたポップを見かけたり、テレビで富山湾の朝獲れ漁を見たりして、「定置網ってそもそもどんな漁のこと?」と気になったことはありませんか。網を仕掛けておくだけで魚が入る、なんとなくそんなイメージはあっても、仕組みや獲れる魚まではよく知らない、という方がほとんどだと思います。

結論からお伝えすると、定置網は「海に固定した網の中へ、回遊してきた魚が自分から入ってくるのを待つ」漁法です。魚を追いかけないので燃料が少なく、しかも網に入った魚の多くはまた海へ帰っていく、独特の設計になっています。約400年前から日本で磨かれ、いまでは世界が「持続可能な漁業」として注目する漁法でもあります。

この記事では、定置網の基本的な仕組みから、垣網・箱網といった構造の名前、季節ごとに変わる獲れる魚、氷見に代表される歴史、環境にやさしいと言われる理由、そして巻き網や底引き網との違いまで、魚好きの目線でまるごと解説します。読み終えるころには、魚売り場の「定置網もの」がぐっと魅力的に見えるはずです。

📌 この記事でわかること

・定置網が「待って獲る」漁法である理由と基本の仕組み
・垣網から箱網まで、網の中で魚がたどる4つの部屋
・網に入った魚の約7割が海へ帰れる持続可能な設計
・季節で顔ぶれが変わる、定置網で獲れる魚の旬

目次

定置網とは?魚を「追わずに待って獲る」漁法の正体

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定置網は海に網を固定して魚を待つ「待ち受け漁法」

定置網とは、一定の水面に網(漁具)を固定して営む漁法のことです。魚を探して船で追いかけるのではなく、あらかじめ魚の通り道に網を仕掛けておき、回遊してきた魚が自分から入ってくるのを待ちます。この「待つ」という性格から、定置網は待ち受け漁法とも呼ばれます。

なぜ待つだけで魚が獲れるのかというと、アジやサバ、ブリのような回遊魚は海岸線に沿って群れで移動する習性があるからです。その通り道に、海岸から沖へ向けて長い網を一枚張り出しておくと、魚は壁にぶつかったように進路を変え、網に沿って沖へ、やがて袋状の網の中へと誘い込まれていきます。

設置場所は陸から2〜5kmほどの沿岸で、水深は27m以上が目安、現代では100mを超える深場に設置される大型のものもあります。日本全国では約5,064の経営体が定置網を営み、年間およそ29.8万トンもの魚を水揚げしています(水産庁調べ)。港の近くで安定して魚が獲れる、日本の沿岸漁業を支える主役級の漁法なのです。

この情報の根拠として、水産庁「定置網漁業の技術研究会中間とりまとめ」を参照しています。

📌 押さえておきたいポイント

定置網は「魚を追う」のではなく「魚が来るのを待つ」漁法。回遊魚の通り道に網を固定し、群れが自分から入ってくる習性を利用します。船で追わないぶん燃料が少なく、港の近くで安定して魚が獲れるのが最大の特徴です。

「定置」の名の通り、同じ場所に網を張りっぱなしにする

定置網の「定置」とは、文字どおり網を同じ場所に置き続けるという意味です。多くの漁法が船で網を引いたり、群れを見つけて網を投げたりと網を動かすのに対し、定置網は一度設置したら漁期の間ずっと同じ海域に張り続けます。台風などで一時的に網を上げることはあっても、基本は「据え置き」です。

張りっぱなしにできる理由は、決められた海域で漁を営む「定置漁業権」という権利のもとで運営されているからです。誰でも好きな場所に網を張れるわけではなく、漁業協同組合などが管理する漁場に、計画的に設置されます。だからこそ同じ漁場を何十年、ところによっては何百年と使い続けられます。

台所の感覚でたとえるなら、毎日スーパーへ買い出しに行くのが巻き網や底引き網、家の前を通る魚をカゴで受け止めるのが定置網、というイメージです。動かない分だけ、天候や潮に合わせて網の張り具合を調整する繊細な管理技術が、水揚げの良し悪しを大きく左右します。

回遊魚の習性を利用するから、多種多様な魚が入る

定置網には、狙った一種だけでなく、その時期に回遊してくるさまざまな魚がまとめて入ります。ブリ、サバ、アジ、イワシ、サケ、イカ、タイ、ヒラメなど、設置場所と季節によって顔ぶれは大きく変わります。「今日は何が入っているか、網を上げるまで分からない」という宝箱のような面白さがあります。

これは、魚の種類を選んで狙い撃ちする漁法とは対照的です。定置網は通りかかった群れを受け止める仕組みなので、結果として多魚種が少量ずつ入る「多品目・少量」型の水揚げになります。市場に多様な旬の魚が並ぶのは、定置網の恩恵が大きいのです。

富山湾のように背の青い回遊魚(青物)が集まる海では、この特性がとりわけ活きます。青物についてもっと知りたい方は、こちらの記事もあわせてどうぞ。

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定置網はどんな仕組みで魚を捕まえるのか|垣網から箱網までの4つの部屋

入口の「垣網」が魚の通り道を断ち切る

定置網の仕組みは、大きく分けて「垣網(かきあみ)」と「身網(みあみ)」の2つで成り立ちます。まず魚を最初に受け止めるのが垣網です。垣網は長さ100〜300mにもなる帯状の網で、海岸から沖へ向かって、海底から水面近くまで垂直に張られています。

この長い壁が、海岸沿いを泳いできた魚の群れの通り道を断ち切ります。魚は壁にぶつかると、それ以上まっすぐ進めず、壁に沿って泳ごうとします。垣網は沖側の身網へと魚を導くように配置されているため、魚は知らず知らずのうちに網の奥へと誘い込まれていくのです。

垣網の網目は10〜15cm角が標準で、これには理由があります。小さな魚は網目をすり抜けて通過でき、ある程度成長した成魚だけが誘導される仕組みになっているのです。潮流に対する垣網の角度も重要で、一般に30〜45度が水揚げを左右する目安とされます。ただ壁を張るだけでなく、潮の流れを読んだ緻密な設計が隠れています。

「運動場」で魚を泳がせながらじわじわ奥へ

垣網に導かれた魚が最初にたどり着くのが、身網の入口にあたる「運動場(うんどうば)」です。運動場はその名の通り、入ってきた魚が自由に泳ぎ回れる広い空間になっています。ここでいきなり閉じ込めるのではなく、あえて泳がせておくのがポイントです。

なぜ泳がせるのかというと、魚を興奮させず落ち着かせるためです。急に狭い場所へ追い込むと魚は暴れて傷つき、身の質が落ちてしまいます。広い運動場でゆったり泳がせるうちに、魚は自然と次の部屋へと移動していきます。魚に無理をさせない、この「間」の設計が定置網の妙味です。

台所で言えば、活け締め前の魚を落ち着かせるのと似た発想で、ストレスを与えないほど身が締まって美味しく仕上がります。定置網の魚が鮮度良好で市場評価が高いのは、この運動場でのひと呼吸があるからでもあります。もっとも、どんな漁法でも水揚げ後の温度管理は欠かせません。

坂道になった「登網」を上って箱網へ

運動場で泳ぐうちに、魚は「登網(のぼりあみ/昇網)」へと差しかかります。登網は底面がゆるやかな坂道になっており、進むほど側面が徐々に狭まっていく構造です。この坂を上っていくと、魚は自然と最後の部屋である箱網へ導かれます。

坂道と幅の絞り込みで一方向へ誘導するのが登網の役割で、魚が自分の意思で進んでいるうちに後戻りしにくくなるように設計されています。力ずくで追い込むのではなく、地形(網の形)で行き先を決めてしまうわけです。この発想が、魚を傷つけない定置網らしさをよく表しています。

落とし網と呼ばれる日本で最も普及した型では、身網はこの「運動場・登網・箱網」の3つの部分から構成されます。垣網とあわせて、魚は入口から数えて複数の部屋を通り抜けながら、最終地点へと進んでいくのです。

最後の「箱網」には返しがあって出にくい

魚が最終的にたどり着くのが「箱網(はこあみ)」です。ここが漁師が網を引き上げて魚を回収する部屋になります。箱網の入口には「返し」と呼ばれる、いったん入ると外へ出にくくする構造が設けられています。魚は入るのは簡単でも、出ようとすると返しに阻まれて戻りにくくなります。

さらに箱網は上部を「天井網」で覆っているため、上へ逃げることもできません。とはいえ完全に密閉しているわけではなく、魚が出ていく隙間も残されているのが定置網の面白いところです(この点は次の章でくわしく解説します)。漁師は毎朝この箱網だけを船で引き上げ、入っている魚をすくい上げます。

ここまでの流れを、垣網から箱網までの旅として整理してみましょう。

🐟 魚が箱網にたどり着くまでの4ステップ
Step1:垣網にぶつかる(海岸沿いを泳ぐ魚が長い壁で通り道を断たれ、沖の身網へ誘導される)
Step2:運動場で泳ぐ(広い空間でゆったり泳がせ、魚を興奮させず次の部屋へ)
Step3:登網を上る(坂道と幅の絞り込みで、後戻りしにくく箱網へ誘導)
Step4:箱網に入る(返しと天井網で出にくくなり、漁師が毎朝この部屋を引き上げる)

なぜ網に入った魚の7割は逃げられるのか|獲り尽くさない設計

なぜ網に入った魚の7割は逃げられるのか|獲り尽くさない設計の解説画像

越中式定置網は網に入った魚の2〜3割だけを漁獲する

定置網の最大の特徴は、網に入った魚をすべて獲るわけではない点です。富山県氷見に伝わる越中式定置網では、最終的に漁獲するのは網に入った魚の2〜3割だけで、残るおよそ7割は網から泳ぎ出て海へ帰っていくと言われます。「入った魚をありがたく一部だけいただく」という思想が、漁具の設計そのものに組み込まれているのです。

なぜそんな「もったいない」ことをするのかというと、魚を獲り尽くさないことが、翌年もその先も漁を続けられる条件だからです。資源を使い切らずに残すことで、群れが再生産され、来年もまた同じ漁場に魚が回ってきます。目先の水揚げより長い持続を選んだ、先人の知恵が形になった仕組みです。

この「7割を海に返す」という数字は、ジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)など複数の媒体でも紹介されており、世界が持続可能な漁業として注目する根拠になっています。

箱網が完全に閉じていないから魚は出入りできる

7割もの魚が逃げられるのは、箱網が魚を完全に閉じ込める密閉容器ではないからです。返しや天井網で出にくくはなっているものの、魚が泳ぎ出せる隙間は残されています。漁師が網を引き上げるまでの間、体力のある魚や小型の魚は、入口をたどってふたたび海へ戻っていけるのです。

これは設計ミスではなく、意図された「ゆるさ」です。網目の大きさを調整すれば、獲る魚のサイズや量をある程度コントロールできます。小さい魚は網目から、大きい魚は箱網の隙間から逃がすことで、その時に本当に必要なぶんだけを手にする、繊細な資源管理が可能になります。

台所でたとえるなら、ザルで米をとぐときに水と一緒に不要なものだけ流し、必要な米は残すような感覚です。全部をせき止めるのではなく、通すものと留めるものを設計で分ける。この考え方が、乱獲になりにくい定置網の根っこにあります。

「待つ漁」だからこそ資源管理型漁業と呼ばれる

定置網が「資源管理型漁業」「省エネ漁業」と呼ばれるのは、魚を追いかけない受け身の性格そのものが乱獲を防ぐからです。群れを探して根こそぎ獲る漁法と違い、定置網は通りかかった群れの一部を受け止めるだけ。獲りすぎたくても、仕組み上そうなりにくいのです。

逆張りのようですが、実は「積極的に獲らない」ことが最先端の持続可能性につながっています。近年、世界的に水産資源の枯渇が問題になるなかで、何百年も前から獲り尽くさない設計を貫いてきた定置網は、むしろ時代を先取りしていたとも言えます。「待つ」という消極性が、結果的にもっとも賢い戦略だったわけです。

もちろん、定置網なら無限に魚が獲れるわけではありません。海水温の変化や回遊ルートのずれで不漁になる年もあります。それでも、資源を残す設計を持つこの漁法が、これからの漁業のヒントとして見直されているのは確かです。

獲れる魚は季節でこんなに変わる|春夏秋冬の顔ぶれ

春はホタルイカとサワラ・マダイが顔を出す

定置網の魅力は、季節ごとに獲れる魚の顔ぶれがガラリと変わることです。春の主役のひとつが、富山湾のホタルイカ。富山湾内のホタルイカ漁は3月1日に解禁となり、漁期はおよそ5月頃まで、身入りの良い3〜4月が旬とされます。ホタルイカ専用の定置網が仕掛けられるほど、春の風物詩になっています。

魚では、春はサワラやマダイが網に入り始める時期です。水温が上がり始めると、産卵を控えた魚が沿岸に寄ってくるため、定置網に入りやすくなります。冬の重厚な魚から、春らしい上品な白身へと、売り場の主役が入れ替わっていくのを感じられます。

スルメイカなど回遊するイカ類も定置網の常連です。イカの一生は種類によって大きく違い、多くは1年で生涯を終えます。イカの寿命について掘り下げた記事もあるので、興味があればのぞいてみてください。

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夏はアジ・スズキ、脂がのり始める時期

夏の定置網では、アジやスズキがよく入ります。アジは産卵前の5〜7月ごろに最も脂がのるとされ、初夏から夏にかけてが食べごろです。青魚らしい旨みと程よい脂で、刺身にも塩焼きにも向く、家庭の食卓で活躍する魚です。

スズキは夏に旬を迎える白身魚で、洗い(薄造りを氷水でしめる技法)にすると涼しげな一品になります。夏は水温が高く魚が傷みやすい季節でもあるので、定置網で朝獲れした鮮度の良いものを選び、早めに調理するのがおいしく食べるコツです。アジのように産卵前に脂がのる魚は、旬のタイミングを逃さず味わいたいところです。

秋はサバとブリの若魚、脂の乗りが本格化

秋になると、定置網にはサバやブリが入り始めます。秋のサバは脂がのって「秋サバ」と呼ばれ、味噌煮や塩焼きで真価を発揮します。回遊してきた群れが沿岸を通るタイミングで、定置網はこうした青魚をまとめて受け止めます。

ブリはこの時期、まだ冬の「寒ブリ」ほどには脂が乗り切っていないものの、若魚(地域によってフクラギ、ハマチなどと呼ぶ)が数多く入り、手頃な価格で出回ります。成長段階で呼び名が変わる出世魚なので、売り場で違う名前を見かけても同じブリの仲間、ということが少なくありません。

ここで、季節による定置網の魚の移り変わりを、旬カレンダーで整理してみましょう。定置網で獲れる代表的な魚を、月ごとの出回りやすさで示しています。

🗓 定置網で獲れる魚の旬カレンダー(さかなのさ調べ)
ブリ
アジ
サバ
サワラ
ホタルイカ

◎=最旬 ○=美味しい △=出回る -=ほぼ入らない(設置海域により異なります)

冬は寒ブリとタラ、定置網が一年で最も沸く季節

定置網が一年で最も盛り上がるのが、冬の寒ブリシーズンです。ブリは12〜2月にかけて日本海を南下する過程で脂をたっぷり蓄え、「寒ブリ」として最高の味わいになります。富山湾の定置網に入る寒ブリは全国的にも評価が高く、一本で数万円の値がつくこともあります。

冬はタラも定置網の常連です。淡白な白身は鍋物にぴったりで、寒い季節の食卓を支えます。冬の海は荒れやすく漁は大変ですが、そのぶん脂の乗った極上の魚が揃う、定置網のハイライトと言える季節です。

ここで一つ、買い物での失敗パターンを紹介します。定置網の朝獲れ売り場で「見慣れない魚だから」と敬遠して見送ってしまうケースです。原因は、定置網が多品目・少量型のため、スーパーではあまり見かけない魚が並ぶこと。対策はシンプルで、鮮度の良い旬の魚は名前を知らなくても買ってみる価値が高い、と発想を変えることです。呼び名がフクラギやメジロでも、正体は出世魚ブリの成長途中、ということもよくあります。ブリのサイズと呼び名の関係は、こちらでくわしく解説しています。

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400年前から続く漁の歴史|富山・氷見で磨かれた越中式

起源は江戸時代の「台網」、慶長19年の記録が最古

定置網の歴史は驚くほど古く、富山県氷見の定置網はおよそ400年の歴史を持つと言われます。現存する最古の資料は慶長19年(1614年)のもので、灘浦の沖でクロマグロを捕る「夏網」が下ろされ、その役銀(税にあたるもの)を記した文書が残っています。江戸時代のはじめには、すでに定置網の原型が営まれていたのです。

当時の定置網は「台網(だいあみ)」と呼ばれ、魚を捕らえる袋状の身網と、魚群を身網へ導く垣網からできていました。網の素材は化学繊維ではなく、藁縄を編んだ藁網。自然素材だけで、これだけ精巧な誘導の仕組みを作り上げていたことに驚かされます。

この歴史については、氷見農業遺産推進協議会などが詳しくまとめています。約400年にわたって同じ漁場で漁が続いてきたこと自体が、この漁法の持続可能性を物語っています。

明治期に「大敷網」が伝わり、大型化が進む

江戸時代の台網は、入口が大きく開いた単純な袋状で、魚が入りやすい反面、出ていきやすいという弱点がありました。最盛期は江戸中期から明治末期まで続きましたが、より多くの魚を確実に留められる網が求められていきます。

その転機となったのが、明治40年代に宮崎県から伝わった「日高式大敷網」です。この技術が富山に伝播したことで、定置網は一気に大型化・高性能化しました。氷見の越中式定置網は、この大敷網の技術を取り入れて発展した、江戸の台網の直系の子孫にあたります。

大敷網と台網は混同されがちですが、ざっくり言えば台網が古い原型、大敷網がそれを大型化・改良した系譜、と捉えると分かりやすいでしょう。地域ごとに改良が重ねられ、その土地の海に合った形へと進化してきたのが定置網の歴史です。

富山湾の海底地形「あいがめ」が定置網を育てた

富山湾で定置網がこれほど発達したのには、独特の海底地形が関係しています。富山湾には「あいがめ」と呼ばれる海底谷が16も刻まれており、この深い谷が回遊魚を沿岸のすぐ近くまで導きます。沖から来た魚が岸近くを通るため、定置網を仕掛けるのに絶好の条件がそろっているのです。

実際、現在も富山湾内には約130の定置網が設置され、富山県の漁獲量の70%以上を定置網が占めています。対馬暖流に乗って回遊するブリ類・イワシ類・スルメイカ、そしてホタルイカと、湾の恵みを定置網が受け止めています。この情報はJF富山漁連(富山県漁業協同組合連合会)が紹介しています。

地形が魚を運び、人が網でそれを受け止める。富山湾の定置網は、自然の仕組みと人の知恵がかみ合った好例です。「世界が注目する富山湾の定置網」と呼ばれるのは、この歴史と環境のたまものなのです。

「環境にやさしい漁」と言われる3つの理由

魚を追わないから燃料もCO2も少ない

定置網が環境にやさしいと言われる一つ目の理由は、燃料消費とCO2排出が少ないことです。巻き網や底引き網が広い海域を船で走り回って魚を探し、追いかけるのに対し、定置網は陸から2〜5kmほどの近い場所に仕掛けた網を、毎朝引き上げるだけ。船の移動距離が短く、燃料をあまり使いません。

燃料を使わないということは、そのぶん漁にかかるコストも二酸化炭素の排出も抑えられるということです。近年は燃料価格の高騰が漁業経営を圧迫していますが、省エネ性の高い定置網は、その点でも見直されています。「省エネ漁業」と呼ばれるゆえんです。

環境負荷の低さについては、定置網漁を解説する専門メディアでも、待ちの漁ゆえの持続性として紹介されています。地球にやさしい漁法が、私たちの食卓に旬の魚を届けてくれているわけです。

海底を引きずらないから海の環境を壊さない

二つ目の理由は、海底環境を傷つけないことです。底引き網は名前の通り海底を引きずって魚を獲るため、海底の生き物や地形にダメージを与えることがあります。一方、定置網は海中に固定した網で魚を待つだけなので、海底をこすったり掘り返したりしません。

海底には、小さな生き物のすみかや、魚の産卵場所となる大切な環境があります。それを壊さずに漁ができることは、海全体の豊かさを保つうえで大きな意味を持ちます。網に使う素材にも自然に分解されるものを取り入れ、海の中で藻場や魚のエサ場を育てる工夫をしている地域もあります。

ここで、もう一つの失敗パターンを紹介します。「定置網ならいつでも同じ魚が獲れる」と思い込み、旬を外して買ってしまうケースです。原因は、定置網の魚が季節で入れ替わることを見落としていること。対策は、旬カレンダーを頭に入れて、その時期に脂の乗る魚を狙うこと。同じ定置網ものでも、冬のブリと夏のアジでは主役がまったく違います。

回遊魚の一部だけを獲るから乱獲になりにくい

三つ目の理由は、すでに触れたとおり、獲り尽くさない設計になっていることです。回遊してきた群れのすべてではなく一部だけを漁獲し、多くの魚を海へ帰すため、資源が枯渇しにくいのです。これは環境というより資源管理の話ですが、海の生き物を守るという意味で環境保全に直結します。

ただし、環境にやさしいからといって、魚の安全管理が不要になるわけではありません。生の魚を食べる際は、アニサキスなどの寄生虫のリスクにも一般的な注意が必要です。目視での確認や、必要に応じた冷凍・加熱といった予防策は、どんな漁法で獲れた魚でも共通の心がけです。万一体調に不安を感じた場合は、自己判断せず医療機関を受診してください。

燃料が少ない、海底を壊さない、獲り尽くさない。この3つがそろって、定置網は「持続可能な漁業」の代表格として世界から注目されています。魚を選ぶとき、こうした背景を知っていると、一尾の魚がより味わい深く感じられるはずです。

⚠️ 覚えておきたいこと

定置網は環境にやさしい漁法ですが、獲れた魚の安全管理は別問題です。生食する際はアニサキス等の寄生虫に一般的な注意を払い、鮮度の良いうちに適切に処理しましょう。体調に不安がある場合は医療機関を受診してください。

巻き網・底引き網とは何が違う?漁法の使い分け

巻き網は「群れを囲んで獲る」攻めの漁法

定置網とよく比較されるのが「巻き網(まきあみ)」です。巻き網は、魚群探知機などで見つけた群れを、船で大きな網を回して囲み込み、一気に獲る漁法です。定置網が「待つ」のに対し、巻き網は魚を探して追いかける「攻め」の漁で、性格が正反対と言えます。

巻き網の強みは、狙った魚を一度に大量に獲れることです。イワシやサバ、アジといった群れをつくる魚を効率よく漁獲でき、水揚げ量は非常に大きくなります。スーパーで手頃な価格の青魚が安定して並ぶのは、巻き網の大量漁獲に支えられている面があります。

一方で、群れをまとめて囲むため、獲りすぎ(乱獲)につながりやすいという課題も指摘されます。燃料を使って広く動き回るので、CO2排出も定置網より多くなります。効率と持続性はしばしばトレードオフの関係にあり、どちらが優れているという単純な話ではありません。

底引き網は「海底を引いて獲る」深場の漁法

「底引き網(そこびきあみ)」は、袋状の網を船で引きながら海底付近の魚を獲る漁法です。ヒラメやカレイ、エビ、カニといった海底近くに暮らす魚介を獲るのに向いており、定置網や巻き網では獲りにくい深場の魚を水揚げできます。

底引き網の課題は、網が海底を引きずるため、海底環境への負荷が大きいことです。狙っていない生き物まで一緒に獲れてしまう「混獲」も起きやすく、資源への影響が議論されることがあります。深場の多様な魚介を獲れる強みと、環境負荷という弱みが表裏一体の漁法です。

それぞれの漁法は、獲れる魚も、環境への影響も、コストも異なります。3つの代表的な漁法を、いくつかの視点で比べてみましょう。

比較項目 定置網 巻き網 底引き網
獲り方 待って獲る 囲んで獲る 引いて獲る
主な対象 回遊魚(多品目) 群れる青魚 海底の魚介
燃料・CO2 少ない 多い 多い
海底への負荷 ほぼなし 小さい 大きい

用途で使い分けられる、どれが上ではない

ここで大切なのは、どの漁法が優れているという話ではない、ということです。定置網は省エネで資源にやさしい一方、獲れる量は天候や回遊まかせ。巻き網は大量に安定供給できる一方、乱獲リスクを抱える。底引き網は深場の魚介を届ける一方、海底への負荷が大きい。それぞれに得意分野と課題があります。

私たち消費者からすると、これらの漁法が組み合わさることで、多様な魚が食卓に届いています。手頃な価格の青魚は巻き網、深場の高級白身は底引き網、朝獲れの旬の魚は定置網、といった具合に、売り場の魚の裏には必ずどれかの漁法があります。

次にスーパーで魚を選ぶとき、「これはどんな漁法で獲れたんだろう」と想像してみてください。定置網ものを見つけたら、それは港の近くで待ち受けて獲られた、環境にやさしい一尾かもしれません。漁法を知ることは、魚をもっと深く味わう入口になります。

Q. スーパーで「定置網」と書かれた魚は鮮度が良いの?
A. 定置網は陸から近い場所で漁をし、毎朝網を引き上げるため、水揚げから店頭までが早い傾向にあります。運動場で魚を落ち着かせる仕組みもあり、身が傷みにくいのも利点です。ただし鮮度は流通や保存にも左右されるので、目や身の張り、におい(次の章のポイント)もあわせて確認して選ぶと安心です。

まとめ:定置網は「待って一部だけいただく」持続可能な漁法

🐟 この記事の結論

定置網は海に固定した網で回遊魚を待ち受け、入った魚の一部だけをいただく漁法。約400年続く、環境にやさしい持続可能な漁の知恵です。

✅ 要点チェック
  • 待ち受け漁法:魚を追わず通り道で待つ
  • 4つの部屋:垣網→運動場→登網→箱網
  • 7割を海へ返す:越中式は2〜3割だけ漁獲
  • 季節で変わる:春ホタルイカ・冬寒ブリ
  • 約400年の歴史:氷見の越中式が世界的に注目

定置網は、海岸から沖へ張った垣網で回遊魚の通り道を断ち切り、運動場・登網・箱網という部屋を通して魚を誘い込む、待ち受け型の漁法です。最大の特徴は、網に入った魚をすべて獲るのではなく、越中式では2〜3割だけをいただき、残る約7割は海へ帰すという、獲り尽くさない設計にあります。

魚を追いかけないので燃料もCO2も少なく、海底を引きずらないので海の環境も壊しません。回遊魚の一部だけを漁獲する仕組みは乱獲になりにくく、約400年前から続くこの漁法は、いま世界から持続可能な漁業として注目されています。獲れる魚は季節で入れ替わり、春はホタルイカやサワラ、夏はアジ、秋はサバ、冬は寒ブリと、一年を通して旬の恵みを届けてくれます。

要点を整理すると、次のとおりです。

  • 定置網は魚を追わず、通り道で待ち受ける漁法
  • 垣網・運動場・登網・箱網の4つの部屋で魚を誘導する
  • 越中式は網に入った魚の2〜3割だけを漁獲し、約7割を海へ返す
  • 燃料・CO2が少なく、海底を壊さない環境にやさしい漁法
  • 富山・氷見で約400年磨かれ、世界が注目する越中式定置網がある
  • 獲れる魚は季節で変わり、冬の寒ブリが最大のハイライト
  • 巻き網・底引き網とは得意分野が異なり、優劣ではなく使い分け

まずは次にスーパーへ行ったとき、鮮魚コーナーで「定置網」「朝獲れ」の表示を探してみてください。見慣れない魚が並んでいたら、それは多品目・少量が持ち味の定置網が届けた旬の一尾かもしれません。漁法を知ると、いつもの魚売り場が少し違って見えてくるはずです。

※旬の時期や漁の状況は年や海域によって変動します。最新情報は各漁協・水産関係機関の公式サイトでご確認ください。

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この記事を書いた人

魚の種類・生態・食べ方を日々研究している魚好き。スーパーで見かける身近な魚から、釣り人にしか馴染みのない魚まで幅広くカバー。「この魚ってどう食べるの?」という疑問に答える、魚の図鑑のようなメディアを目指しています。

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